(短編小説) 

作 川名 匡 

 俺は今、雪国の小さな駅の待合室にいる。
ここにはキップの自販機が二つ、小さな窓口と改札と、キヨスクと、ストーブがある。大きなストーブの回りには、手作りの座布団がひかれたプラスチック製の椅子が並んでいる。緑のカード電話が一台。その後ろの壁にはこの駅周辺の地図もある。地図には周辺のおそらく全ての宿が、電話番号入りで記入されていた。
「もう一度電話をかけてみよう」そう思い電話をしたが、やはり誰も出ない。
 スキー仲間と合流するためにこの近くの宿に着いたのが午後三時。玄関に入り、いくら呼んでも人が出てこないのであきらめて、荷物だけを置き宿を出た。何をして暇をつぶすあても無かったが、とりあえずはここから二駅先の温泉駅は新幹線も停車する、この辺では一番大きな町だ。駅前の公衆浴場にでも浸かり、本屋で立ち読みをし、喫茶店でコーヒーでも飲んでいればすぐに時間も過ぎるだろう。だが……、とぼとぼ駅までたどり着くと、下り方面の列車はあと1時間半も待たなくては来ない事が分かった。まぁいいか……、と言う気分でストーブの前の椅子に座る。キヨスクのおばさんと、品物を納品にきたらしいおじさんの世間話の声。たまに駅の反対側から入場券を買ってこちら側に出入りするスキーヤーのドタドタした足音。明日の指定席券を買いに来た、 孫を連れたおばあさん。
 俺がぼーっとして過ごしている時間の中にも、動いている人達がいた。
「暇だなぁ……」て言うのはこういう事なんだ。と、暇な頭で考えた。

 ガラガラッ、ガラガラッと言う音にふと顔を上げると、スキーバックを引きずるカップルが入り口に現れた。
 細目の女性は肩の下までのセミロング。黄緑のスキーウエアの上着をはおりGパンを履いていた。上下の着こなしが妙にちぐはぐなのは、やはりデモ系ウエアーとGパンの組み合わせの悪さからかな。ブランド物のセカンドバック。お土産の袋。さっきガラガラ音をたてていた紺の大きなスキーバックと、荷物は結構多い。男性は、グレーのスキーセーターにGパン。持っている荷物はスキーバックのみ。

男性「すんまへ〜ん」
 連れの男性が窓口で駅員を呼んでいる。
男性「あんな〜、このキップ喫煙席に変えられへんか〜」
 どうやら、禁煙席の指定席を、喫煙席に変更したいらしい。
駅員「ちょっと待って下さい」
 と言ってキップを持ち、奥にしばらく引っ込んでから
駅員「これダメですね〜」
女性「ほら、言ったじゃな〜い」
 ウン?
男性「なんでやねん」
駅員「これね〜団体専用の安いキップなんですよ。だから変更効かないんです。
 どうしても喫煙席がよかったら、新しいキップ買ってもらわないと……」
女性「そうよねぇそうなのよ〜だからダメなのよ〜我慢するしかないわよ〜」
ナンカ、声が太いぞ……マサカ?……オ・カ・マ?
男性「そんな何時間も我慢できへ〜ん」
女?「そんなこと言ったってしょうがないじゃな〜い!」
 オオ、オオオオ〜ハジマルゾ〜
 もうこの時点で駅員は一歩奥に引いている。

 暇なんでちょうどいい。ヤレヤレ〜!と心の中で声援をおくる。男性よりも太い声のもうひとりの男性?(おっと女性?)は、相当気が強いらしい。女性?の方がジッと相手を見据えているのに対して、男性の方は段々とおどおどした目つきになってきた。
 なんだ、勝負あったな。つまらん。
 男性は、分が悪いとみたか、また窓口の方に顔を向け駅員を呼んでいる。

男性「すんまへ〜ん、この列車次に止まるの何処の駅やねん?」
 今度は駅員さん、二人で出てきた。
駅員「大宮までドア空かないかなぁ…… ねぇ?」
 相棒の駅員の方を見ながら喋っている。自信なさげ。
女?「ほらぁ……だから我慢しなさいよォ、まったくもォ」
 彼女?は、まったく別の方を見て、独り言のように喋っている。
 二人の険悪なムードに、駅員達もすぐに奥に引っ込んでしまった。

 その後二人は何も喋らず、待合室の椅子に一席離れて座った。
彼女?達が乗る列車はおそらく次の上りの臨時列車であと30分後。
俺が乗る下りの鈍行はあと15分後だった。

つづく

(これはノンフィクションです)

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